勇者たちへの伝言 いつの日か来た道 増山実

現在はショッピングモールとなったかつての西宮球場と、そこを本拠地としていた阪急ブレーブス、そしてある夜の試合を中心として物語は展開していく。

50歳となり、父の生きた年齢を1つ越えた主人公は聞き間違えのようなイツカキタミチというアナウンスに導かれ西宮北口駅を訪れる。
ショッピングモールの片隅にある球場があった頃のジオラマを見ていた主人公は、いつの間にか、過去一度だけ父と来た阪急ブレーブスの試合の夜に遡ってしまう。
あの日言いたくて言えなかったこと、できなかった会話をきっかけに父の過去が語られていく。

そして物語は、かすかなつながりを保ちながらやがて、主人公とその父、父のかつての恋人、かつての恋人とその夫、主人公に野球を教えてくれた江藤のおっちゃん、代打の切り札高井、キューバから来たバルボン、その他たくさんの人物の生き様を浮かび上がらせてくれる。
 
繁栄した祖国という夢を見て北朝鮮に帰ったものもいれば、革命が起こり故郷のキューバに帰れなくなったものもいる。夭逝するものもいれば、過酷な環境の中で生き永らえたものもいる。

ブレーブスにもらった"勇気"を大切にしながら力強く生きていく人々を描いた作品。

過酷に生きた一人の女性のカタルシスの物語であり、故郷と切り離された人々の懸命に生きる姿、故郷とは何かを問うた物語でもあると感じた。

次々と登場人物の生き様が連関するため、ページを繰る手が止まらず、一気に読んでしまった。

生きる場所って自分で選んでいるようでいて、結局のところそこでしか生きられないから、そこで生きているのかな。
選んでいるようでいて、実はそれ以外の選択肢の中では生きていけなかったんじゃないかなと、ふと思ってしまった。
そこでどう生きるのかっていうことが大事なのかな。

読後しばらくして気づいたけど、
タイトルは勇者たちの伝言ではなく、勇者たち"へ"の伝言なんですよね。そこでしか生きることができなかったけど精一杯生きた勇者たちに、何か大切なこと伝えたかった人がいるってことを言いたかったのかもしれないなと思いました。